「誠実と調和」を胸に――誠和が挑む農業DX・GXと次世代プラットフォーム戦略

1. 経営者のキャリア
私は子供のころから自分は「劣等生」だと感じていました。高校時代は決して優等生ではなく、3年の模試では偏差値39で学年ビリという結果に。その悔しさが原動力となり、一念発起して浪人を経て慶應義塾大学に入りました。この経験が、一度決めたことをやり切る粘り強さや、転んでもただでは起きない姿勢につながっているのだと思います。それから、就職活動の時期はリーマンショックの直撃を受け、受けた会社にことごとく落ちました。就職を甘く考えていた部分もあり、現実を突きつけられましたが、二次・三次募集でようやく拾っていただいたのが三井住友信託銀行でした。入行当初は明確なキャリア目標よりも「拾っていただいた恩に報いたい」という気持ちの方が強かったです。
銀行では主に営業を担当し、受信、与信、資産運用、不動産、相続、組合活動など幅広い分野に携わりました。日々数字に追われるなかで、プロとして成果を出すことの厳しさを学びました。最後の1年間は、支店長の指導のもとで社会人としての基本を叩き込まれ、「お金を稼ぐとは何か、プロとは何か」という問いに真剣に向き合った時間でした。銀行での仕事を一通り経験し、自分なりに全力で取り組み、やりきったという思いがありました。そんな時、父から「30歳になるまでに誠和に来い」という約束のもと、29歳で転身を決意しました。創業家の一員として、いずれは会社を継ぐことになるだろうという意識は、物心ついた時からどこかで持っていました。だからこそ、ここで挑戦しなければならないという思いが自然と湧き上がったのです。
2016年1月に誠和に入社。最初の1年間は語学留学やヨーロッパ研修を経て、2017年から研究開発部長と生産管理部長を、2019年に統括本部長、2020年に営業本部長を歴任し、2021年に代表取締役に就任しました。研究・現場・営業をすべて経験したことが、今の意思決定の確かさを支えています。
2. 会社や事業の紹介
誠和は元々、農業用機器や環境制御装置のメーカーとしてスタートしました。開発から施工まで一貫して手掛け、自社栽培による実証も行うことで、農家さんや市場からの信頼を築いてきました。
現在は、環境技術・栽培技術・製品開発・施設設計を組み合わせたノウハウを活かし、高い収量と品質を実現できるハウス内環境を提案しています。さらに、ハードとソフトの企画・設計から生産物の流通・販売までをトータルで支援するプラントメーカーを目指しています。
2016年ごろから事業領域を広げ、教育部門として「誠和アカデミー」を開設しました。若い世代や就農志望者を対象に、農業経営の感覚を身につける場を提供しています。また、2024年からは日本航空と連携したB2B向け産地直送EC「DO MARCHE」もスタートし、農業分野の新しい流通チャネルを創出しました。さらに、循環型エネルギーモデルの実証や海外拠点の展開など、これまでにない挑戦も続けています。
このように、農業分野で培ったノウハウを活かし、「つくる」「育てる」「届ける」「学ぶ」という複数の領域を手掛ける総合プラットフォーマーとして進化を続けているのです。
3. 経営理念とビジョン
経営理念は「誠実と調和」であり、これは「株式会社誠和」という社名の由来にもなっています。私は社員に対し、常に「大義を思い出せ」と伝えています。会社は大義なくして存在価値はないと考えているからです。誠和が掲げてきたのは「農家さんの役に立つ商品をつくり、日本の農業をより良くする」という理念です。
この大義がなければ、会社は存在価値を失ってしまいます。だからこそ、経営理念を再認識し、「お客さまのために」「世のため人のために」と外に目を向けて仕事をしようと呼びかけています。経営者自身が歩みを止めれば社員も止まる。まず自分自身が挑戦を続ける姿を示すことを、私は何より大切にしています。
4. 競合との差別化ポイント
誠和は「製品を売って終わり」ではなく、導入後の使い方支援やデータ活用、教育までを含めたトータルサポートを行っています。単なるメーカーではなく、生産者に寄り添いながら長期的なパートナーシップを築く姿勢が、他社との大きな違いです。技術開発力とサービス提供力を両輪で高めることで、持続的に成果を上げられる仕組みを構築しています。
また、トマトパークに代表されるように研究と現場実証を同時並行で進められる体制も強みです。実際の栽培現場で技術を試し、その結果を迅速に商品開発やサービス改善へと反映できるのは、他社にはない特長だと考えています。こうした現場との密接な接点こそが、誠和らしさを支える原動力となっています。
さらに、誠和の差別化の核心は、全員を一様に自走型に育てるのではなく、創出型と実行型という二つのタイプの人材がそれぞれの役割を明確に担う組織構造にあります。現場に最も近い部長やマネジメント層が主体となり、意思決定と実行の流れを滞らせることなく円滑に保っています。私自身は方針は出せど、上から細かい指示を出すのではなく、任せた部長が自ら判断して動くようにと繰り返し伝え、自律的組織に変わっていけるようにすることこそ、自分の役割だと考えています。
5. 現在注力していること
現在、私たちが注力しているのは、農業のDXを超えて、環境課題に応えるGX(グリーントランスフォーメーション)への取り組みです。誠和は施設園芸分野で統合環境制御技術のパイオニアとして40年以上の歴史を持ち、光や温度、CO₂濃度を制御する技術で優位性を築いてきました。みずほ第一フィナンシャルテクノロジーとの共同研究から生まれた『プロフィットナビPRO』では、センサーで取得した環境データを分析し、収量予測や栽培アドバイスを提供しています。トマトに続き、いちご版も2025年から開始予定です。
さらに、佐賀市の清掃工場と連携し、排熱やCO₂を活用した循環型農業モデルの実装にも取り組んでいます。これらの挑戦は、今後の国内外展開において重要な意味を持ち、農業が単なる食料供給にとどまらず、エネルギーや環境課題の解決に貢献できる産業へと進化しうると強く感じています。資源循環による農業のGX化は、脱炭素社会への貢献に直結しており、すでに環境大臣表彰など外部からの評価も受けています。
6. 今後の展望と挑戦
今後の展望については、組織ではいかに現場主導の「ボトムアップ型組織」に変えていけるかが大きなテーマです。当社は歴史的にトップダウンで意思決定をしてきましたが、私の役割は次の世代につなぐことであり、会社の未来を考えて、社員一人ひとりが自分の意志で動き、挑戦を楽しめる文化を根づかせることが不可欠で判断しています。現場から新しい事業が自然に生まれ、自らM&Aやスタートアップ出資をしたいと言えるような環境をつくりたいと考えています。
一方で、海外への挑戦はこれからの誠和にとって最も大きな成長の柱です。今年を「海外進出元年」と位置づけ、インドでの共同事業開発契約、台湾でのライセンス契約、インドネシアでのインターンシップ生受け入れ契約など、日本から海外へ誠和の力を広げる取り組みを進めています。近い将来、海外活動の拠点も構えたいと思っており、最適地を探索中です。「アジアのハブ」を設け、日本の農業技術は世界の食料安全保障に役立つんだと証明していきたいですね。
さらに、私が描いている挑戦は農業を食料産業にとどめないということです。CO₂や排熱を活用する循環型エネルギーモデルを実現できれば、農業はエネルギーや環境問題の解決にも貢献できる産業になります。これは単なる事業拡大ではなく、社会を支える新しい仕組みを農業から発信する挑戦です。誠和がその先頭に立ち、国内外の仲間とともに未来を切り拓いていきたいと思います。
7. メッセージ
理屈で説明することは大切ですが、理屈だけでは辿り着けない世界があります。だからこそ、まずは動くことが重要です。動けば気づきが生まれ、想定とは違う世界が見え、その気づきが次の挑戦へとつながっていきます。私自身、もともとはめちゃくちゃ保守的な姿勢でしたが、無理やり挑戦させられながら学び、気づき、成長してきました。最近では従業員による挑戦の積み重ねによって、私の想定とは違う明るい景色も見えてきました。
私は後継者という立場ですから有利な面もありますが、後継者だからこそ苦労することも挑戦できないことも多いです。そういう中で可能な限りの挑戦をしてきた立場でお伝えするならば、これから経営や起業に挑む方々には、ぜひ恐れず一歩を踏み出してほしいと思います。準備は必要です。ですが、完璧な準備をしたって、実際に活動して見えてくる世界は違います。完璧な準備なんか必要ありません。動き出すことで道は開け、仲間やパートナーが自然と集まってきます。否定する人も心無いことを言う人もいっぱいいます。それでも挑戦を続けることが進化につながります。
私は今年1年間だけでも、日本では有名ではないけど世界で戦っている多くの優秀な日本人の方と出会ってきましたし、そういった方々を支援する真に優秀なアクセラレーターの方とも出会ってきました。そういう方々と出会うたびに、私も「セカイを、イノベーションで、ワクワクさせたい」、そういう思いになります。挑戦こそ未来です。未来を一緒に創っていきましょう。