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老舗のDNAを次代へ紡ぐ。MATSUZAKI SHOUTEN(松崎商店)の伝統と革新

株式会社松崎商店

代表取締役社長

松﨑 宗平

1. いままでのキャリアについて

小学生の頃は漫画家を目指していました。絵を描くことが好きで、いつか作品を形にしたいと思っていましたが、次第にデザインの世界に興味を持つようになりました。大学時代にAdobe Illustratorを使い始めたのがきっかけで、グラフィックデザインにのめり込み、大学在学中からスポーツ関係のウェブコンテンツでグラフィックを担当しました。

 

その後、ウェブ、携帯コンテンツやイベントを主とするベンチャー企業へ就職。フラッシュアニメーション制作も行っていたこともあり、ウェブサイトづくりにも挑戦しました。HTMLを手打ちしながら、PHPやSQLを独学で覚えていくうちに、プログラムの構造やデザインの奥深さに魅了されていきました。好奇心のままに動いていた時期です。

 

当時はチーフアートディレクターとして責任ある立場にあり、仕事も充実していましたが、一方で、家業である松崎商店をどうするかという課題も頭の片隅にありました。父から継げと言われたわけではありません。ただ、自分の中で「いつか向き合わなければならない」と感じていたのだと思います。

 

会社を辞める決断をしたときは、正直に言えば迷いもありました。自分が築いてきたキャリアを手放す怖さもありましたし、家業に入ることへの漠然とした不安もありました。しかし、やるなら正面から向き合おうと覚悟を決め、松崎商店に入社しました。

 

入社当初、社内にはパソコンがなく、メールアドレスも父と営業、工場の3つだけでした。ロゴデータをお願いすると、紙の原本(清刷り)を手渡されるような状況で、まずはIT環境の整備から着手しました。サーバーを借りて全社員にメールアドレスを割り振り、ホームページも自分で立ち上げました。当初は私一人でつくり、更新し、運営まで担当していました。

 

一方で、社員とのコミュニケーションではかなり苦労しました。前職で染みついた横文字だらけの話し方をそのまま使ってしまい、工場の若いスタッフから「言葉の意味が分かりません」と言われてしまったこともあります。その時の経験を通じて、「松崎商店での共通言語」を身につけることの大切さを学びました。会社ごとに文化や温度感はまったく違う。異なる環境に合わせて言葉を選び直すことが、組織に溶け込む第一歩でした。

 

 

2. 会社・事業の紹介

松崎商店は、和菓子や米菓の製造・販売を行っています。創業は江戸時代に遡ります。もともとは「みかわや(漢字だったか不明のため)」という屋号で、小麦の煎餅とお饅頭を扱っていました。小麦の煎餅は米の煎餅よりも古い歴史を持ち、当時は貴重な砂糖を使うことから献上品とされていました。そうした背景もあり、今でも私たちは米菓組合ではなく、和菓子組合に属しています。

 

長い歴史の中で、明治の大火、戦争、関東大震災と三度の全焼を経験し、多くの記録が失われました。残っているのは職人たちの技術と、語り継がれてきた記憶だけです。そのため、いつから米の煎餅を扱い始めたかも明確には分かりません。

 

私は「老舗」という言葉を自分たちからは使わないようにしています。歴史を自慢するのではなく、今の時代にどう生きるかを考えることが大切だと思っています。いくら伝統があっても、お客様に求められなければ意味がありません。これまでの歴史は、未来をつくるための礎にすぎないと考えています。

 

 

3. 経営ビジョンと理念

2014年に副社長、2018年に代表取締役社長に就任しました。父が引退し、経営のバトンを正式に受け取ったのがその年です。

 

リブランディングを考えるようになったのは、銀座から東銀座へ移転した頃です。 移転の理由は決して前向きなものではなく、コロナ禍の影響を受けての決断でした。菓子店は飲食店と異なり国の補助金の対象外で、外出自粛による影響も大きく、経営的には非常に厳しい時期でした。

 

ただ、移転は結果的に自分たちを見つめ直す大きな転機になりました。以前から東銀座という街には関心がありました。銀座に店舗のある“一冊の本だけを売る”森岡書店のように、小さくても独自の世界観を持つお店が並ぶエリアで、私自身も「こういう場所で自分たちらしい表現をしたい」と思っていたんです。

 

だからこそ、コロナ禍という逆境のなかでも前向きに舵を切ることができました。「仕方なく移る」ではなく、「自分たちの価値を見直す機会」として受け止めた結果が、いまのMATSUZAKI SHOUTEN(松崎商店)の新しい形につながっています。

 

ブランド名は祖父が名づけた会社名である「松崎商店」を掲げ、「MATSUZAKI SHOUTEN」として生まれ変わりました。アルファベット表記にしたのは、私の名字である松「崎」と会社登記上の松「崎」の違いからくる混乱を避けるためです。海外のお客様も増えるなかで、わかりやすく印象に残る形を意識しました。

 

ブランドカラーには、「銀座店のエンジ」と「世田谷店の藍」を混ぜた紫を選びました。紫は“融合”の色です。伝統と革新、過去と未来、人と人をつなぐ色として想いを込めました。

 

 

4. 競合との差別化ポイント

私たちの特徴は、「煎餅」と名のつくものをすべて扱っていることです。小麦煎餅、米煎餅、砂糖煎餅など、素材や製法が異なるさまざまな煎餅を一つの店で扱うのは、全国的にも珍しいことだと思います。

 

多くのメーカーが一つのジャンルに特化していく中で、私たちは「総合性」に価値を見出しています。お客様にとって“煎餅”とは何か。その原点を探る意味でも、幅広く取り扱うことは意義があると感じています。

 

ただし、その総合性が本当に強みになっているのかどうかは、常に考え続けています。単に種類を増やすのではなく、時代に合った味やデザインをどう提案できるか。それが、これからの松崎商店の課題でもあります。伝統を守ることは、変わらないことではなく、問い続けることだと思っています。

 

 

5. 現在注力していること

現在は、商品のデザインや構成の見直しを進めています。2007年以降、ほとんど変わっていないコンテンツを整理し、現代のライフスタイルに合わせた形へとアップデートしています。

 

また、店舗についても変化の時期を迎えています。東銀座の店舗が入るビルの建て替えが決まり、新しい場所への移転を予定しています。移転は大きな労力を伴いますが、それによって店舗の在り方を見直すきっかけにもなります。

 

新店舗では、これまで積み重ねてきたリブランディングの成果を生かし、より開かれた空間をつくりたいと考えています。老舗という枠にとらわれず、気軽に立ち寄ってもらえる場所でありたい。伝統を続けながらも、時代の空気を感じる店でありたいと思っています。

 

 

6. 今後の展望と挑戦

これからも、銀座という街とともに成長していきたいと考えています。銀座はただの商業地ではなく、文化と美意識が交わる場所です。私にとっては、自分の一部のような存在です。

 

街を盛り上げる活動は、自社の宣伝ではなく、街全体の価値を高めるためのものです。結果としてそれが自分たちの事業にも返ってくる。それが理想的な循環だと思っています。

 

今後は、他業種とのコラボレーションや地域との連携に更に力を入れていきたいです。お菓子を通じて文化を発信し、アートやデザインの文脈でも語られるような存在を目指しています。MATSUZAKI SHOUTEN(松崎商店)が、銀座の新しい顔のひとつになれるよう挑戦を続けていきます。

 

 

7. 読者へのメッセージ

経営で大切にしているのは、嘘をつかないことです。自分が理解していないことを無理に語ろうとすると、必ず言葉にブレが生じます。その小さな違和感が積み重なると、やがて自分を苦しめることになる。だからこそ、分からないことは分からないと言い、誠実に向き合うことを心がけています。

 

お客様に対しても、社員に対しても、誠実でありたい。長く続く会社だからこそ、正直さと丁寧さを大切にしたいと思っています。

 

時代が変わっても、人の心は変わりません。 MATSUZAKI SHOUTEN(松崎商店)は、これからもまっすぐな想いと確かな味を届け続けます。