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命を燃やす仕事とはなにか。研究職からPR会社起業へ、株式会社LITA 笹木郁乃が挑戦を選び続けた理由

株式会社LITA

代表取締役CEO 笹木 郁乃

1.いままでのキャリアについて

私のキャリアの軸には、「人の人生に影響を与えることに、自分のエネルギーを使いたい」という思いがあります。その原点は、幼少期に経験した交通事故です。入院し、開頭手術を受けるほどの大事故で、後遺症が残るかもしれないと言われた時期もありました。そうした状況の中で、「明日も今日と同じように元気でいられるとは限らない」という現実を強く意識するようになりました。その苦しさを通して、せっかく命があるのなら、自分のエネルギーをしっかり燃やして生きたいと強く思うようになったのです。

 

もう一つ大きかったのは、手術をしてくださったお医者さんの存在です。命を救ってもらったことで「人の人生に影響を与える仕事は本当にすごい」と心から感じました。私も、せっかく働くなら、誰かの人生や運命に関わることにエネルギーを使いたい。そう思うようになってからは、勉強も部活動も、とにかく「やり切る」「燃やし切る」ことを大切にしてきました。

 

大学で工学部に進んだのも、その延長線上です。私は数学と物理が得意で、理系に進むこと自体は自然な流れでしたが、理系を選ぶのであれば、人の役に立つ分野を学びたいと考え、工学部の機械系に進みました。卒業後は大手メーカーと取引実績を持つ自動車部品メーカーに入社し、研究開発職としてキャリアをスタートしました。

 

意欲十分に入社したのですが、研究職として働く中で次第に理想と現実のズレを感じるようになります。理由は大きく二つありました。一つは、仕事のスタイルが自分の性格に合っていなかったこと。もう一つは、「自分の頑張りが直接誰かの人生につながっている」という実感を持ちにくかったことです。

 

私が担当していたのは、自動車の後部座席に使われるクッションゴムの開発でした。上司にその道15年のベテランの方々もたくさんいる環境で、探究心のある人にとっては非常に面白い世界だったと思います。ただ、私はそこにのめり込むことができませんでした。むしろ楽しかったのは、外注先の方と会ったり、工場に出張して人と関わったりする場面でした。研究室にこもって黙々と取り組むよりも、人と向き合いながら仕事を動かしていく方が自分には合っている、そのことに気づいた瞬間でもありました。

 

さらに、BtoBの下請け構造の中では、自分の仕事が誰かの人生にどう影響したのかが見えにくいという側面もありました。素材を開発しても、車に乗っている方から「あなたのおかげで人生が変わった」と言われることはありません。社会にとって必要な仕事であることは理解していましたが、命を燃やすのであれば、もっと直接的に誰かの人生や運命を動かす仕事に挑戦したいと考えるようになり、約3年で転職を決めました。

 

次に入社したのが、当時まだ無名のベンチャー企業だった寝具メーカーの株式会社エアウィーヴです。まだ会社の規模も小さく、コールセンターも工場も本社も同じ拠点にありました。PRの仕事をしながら、梱包を手伝ったり、コールセンターのサポートに入ったりと、現場と非常に近い距離で働いていました。

 

その環境の中で、PRの力を強く実感する出来事がありました。地元の名古屋テレビで数分紹介された瞬間、注文が一気に増え、コールセンターが対応に追われ、工場もフル稼働になりました。社内の空気が変わり、社員が自社の商品を誇らしく思うようになり、職人さんも家族から応援されるようになりました。メディアに出ることが、ここまで一瞬で景色を変えるのかと体感した経験でした。

 

その後、出産と育児のため約1年間、職場を離れました。復帰した頃にはPRチームも複数名体制となり、私がいなくても業務が回る組織へと成長していました。環境の変化を実感する一方で、自分自身の立ち位置についても考えるようになりました。正直に言えば、「復帰後は、子育てと両立しながら、時短で無理なく続けていこう」と、どこか守りの気持ちもあったかもしれません。

 

けれど、復帰して1〜2か月が経つ頃、自分の中途半端さにもどかしさを感じるようになります。毎朝大泣きする息子を保育園に預けて出社しているのに、仕事に以前ほどのエネルギーを注げていない自分がいる。「このままでいいのだろうか」と自問する日々でした。

 

それならいっそ、専業主婦として息子と向き合うか。それとも、離れている時間があるからこそ、本気で挑戦できる仕事に身を置くか。悩んだ末に私が選んだのは、後者でした。もう一度ベンチャーの環境で、PRとしての実力が他の場所でも通用するのかを確かめたい。中途半端ではなく、自分が納得できる形で働きたいと考えたのです。

 

そうして、ホーロー鍋「バーミキュラ」を展開する愛知ドビー株式会社へ転職し、広報の立ち上げに携わりました。やはり、ブランドの成長を間近で支える仕事には大きなやりがいがありました。一方で、朝8時出社が必須で、自宅から車で1時間。7時頃には家を出る生活は、子育てとの両立という面では容易ではありませんでした。2歳の子どもの寝顔を見たまま出社する日々に、母親としての葛藤もありました。

 

さらに、バーミキュラが12か月待ちになるほど売上を伸ばしたことで、PR活動は一時停止の方針となり、私はコールセンター業務へ異動することになります。そのとき、改めて自分に問いかけました。「この働き方を続けたいのか」「限られた時間をどこに使いたいのか」と。

 

ちょうどその頃、個人向けのPRコンサルティングを細々と始めていたこともあり、「自分の専門性で生きていく道もあるのではないか」と考えるようになりました。家庭との両立という現実、事業フェーズの変化、そして自分自身の挑戦意欲。さまざまな要素が重なり合い、私は独立を決断しました。

 

子育てとの両立は大きなきっかけでしたが、それだけではありません。限られた時間だからこそ、自分の専門性を最大限に発揮できる場所で勝負したい。挑戦を止めたくない。その思いが背中を押しました。

 

振り返れば、あの時期は迷いの時間であると同時に、自分のキャリアの軸を明確にする転機でもあったと感じています。結果として、いまはこれまでで最も充実した日々を送れています。

 

 

2.会社や事業の紹介

私たち株式会社LITAは、PRを「プレスリリースを作って配信して終わり」の仕事だとは考えていません。企業が本来持っている価値や魅力を、必要な相手に、適切な形で届けること。そしてその結果として、売上や採用、ブランド形成といった事業成果につなげていくこと。それがPRの本質だと捉えています。やり方次第で、人や企業の運命を動かすことができる、それが私にとってのPRです。

 

現在の事業は大きく二つあります。

 

一つ目は、主力であるPR代行事業です。特にここ数年は、BtoB企業様からのご相談が確実に増えています。市場には似たような商品やサービスがあふれ、広告だけでは差別化が難しい時代です。だからこそ、企業の背景にあるストーリーや思想を丁寧に届け、共感を生み、ファンになってもらうことが重要になっています。その流れの中で、PRに投資する企業が増えていると実感しています。

 

私たちのPR代行は、単なるコンサルティングではありません。「一広報社員」のような立ち位置で企業の中に入り込み、戦略設計から実行、取材対応まで一貫して伴走します。重視しているのは、メディア露出そのものではなく、その先にある事業成果です。露出して終わりではなく、売上や採用、ブランド価値向上といった具体的な前進につなげる設計を行い、やり切ること。それが私たちのスタイルです。

 

二つ目は、PR塾「広報スクール」です。広報として独立したい方や、社内で突然広報を任されたものの相談相手がいない方など、孤立しやすい立場の方が多くいらっしゃいます。そうした方が広報として自立できるよう、オンラインを中心にワークショップや動画講座、個別コンサルティングを提供しています。

 

このスクールは、日本にPRを専門的に体系立てて学べる場が少なかったことからスタートしました。SNSを通じて情報発信を続け、ライブ配信や日々の投稿を積み重ねる中で、少しずつ広がっていきました。言ってしまえば、私自身がPR型の集客を実践してきた形です。広告に頼るのではなく、思想や実践を発信し続けることで信頼を積み重ねていく。そのプロセス自体が、LITAの在り方を体現していると感じています。

 

 

3.経営ビジョンと理念

私たちのミッションは、「すべての人・企業の可能性開花に貢献する」です。これは単なるスローガンではなく、私自身の人生における価値基準そのものでもあります。過去に交通事故を経験したことから「せっかく仕事をするなら、人の心や可能性、そして運命を動かすことにエネルギーを使いたい」という思いを、ずっと大切にしてきたことがここにもつながっています。

 

だからこそ、PRが「淡々とプレスリリースを作って配信して終わり」の仕事になってしまうことに、強い違和感があります。それでは、かつて研究職でクッションゴム開発をしていた頃と同じように、手段が目的化してしまうからです。

 

私が目指しているのは、企業や人が本当に喜び、「変わった」「ありがとう」と言ってくださるような変化を生み出すことです。PRはあくまで手段であり、その先にあるのは、人や企業の可能性が開いていく瞬間だと思っています。

 

だからこそ、やるのであれば「可能性を開くPR」でなければ意味がない。きちんと役に立つこと、実際に変化をつくること。それが私のスタンスであり、LITAの理念でもあります。

 

 

4.競合との差別化ポイント

PR会社やスクールは数多く存在しますが、最終的にお客様が求めていることはシンプルです。「メディアに出たい」「そして、その露出を売上や採用につなげたい」。その本音に正面から向き合うと、私たちの差別化は一言で言えば「結果」に尽きます。

 

プロセスが丁寧であること、伴走型であること、寄り添う姿勢があること。これらはもちろん大切です。ただ、それはあくまで過程の話です。最終的に選ばれるかどうかは、結果が出ているかどうかにかかっています。

 

そのため、私たちは毎月最低2件の取材獲得をコミットしています。また、1人のPRプランナーが担当する社数を最大4社までに制限しています。PR会社では1人で10社以上を担当するケースも珍しくありませんが、それでは一社にかけられる時間がどうしても限られてしまいます。

 

私たちは一社一社に十分な時間を投下し、月に40〜60媒体へ個別にアプローチしています。PR TIMESのような一斉配信だけに依存するのではなく、企画書を作成し、営業のように一対一で提案していく。対話を重ねながら届け切るからこそ、結果につながりやすいと考えています。

 

さらに、メディアリレーションも既存の関係だけに頼りません。人事異動も多く、新しい媒体も次々と生まれています。そのため、既存メディアへのアプローチが約半分、新規開拓が約半分というバランスで動いています。良い媒体を見つけたらすぐに連絡し、関係性を築いていく。この地道な積み重ねこそが、最終的な成果に直結していると考えています。

 

 

5.現在注力していること

現在、最も注力しているのは、PR代行支援を必要としている企業に対し、高品質なサポートをより多く届けられる体制づくりです。

 

ここ数年で、PRへのニーズは確実に高まっています。広告だけでは差別化が難しくなり、企業のブランドやストーリーを通じてファンを生み出すことが重要になってきました。その流れの中で、「きちんと成果につながるPR」に投資する企業が増えていると感じています。

 

だからこそ、私たちは採用と育成に力を入れています。単に人数を増やすのではなく、一流のPRプロデューサーを育てること。そして、質を担保しながら支援できる企業数を広げていくこと。この両立が、今の大きなテーマです。

 

支援の「質」と「量」を同時に高める。そのための組織づくりに、現在は最もエネルギーを注いでいます。

 

 

6.今後の展望・挑戦

これからの最大の挑戦は、「日本一のPR力」を全社員が体現できる組織をつくることです。組織が拡大すればするほど、メンバーの個性や力量には幅が出てきます。しかし、お客様から見れば、担当者が誰であっても「LITAの品質」であることが前提です。この水準を標準化できるかどうかが、拡大フェーズにおける生命線だと考えています。

 

ありがたいことに、創業から9年間、私たち営業をしてきませんでした。お問い合わせやご紹介が中心です。それは、「LITAに頼んでよかった」「結果が出た」という実感が、口コミとして広がってきたからだと思っています。だからこそ、拡大する中でも成果水準を落とさないことが何より重要です。質を磨きながら、その水準を落とさずに広げていく。この難しさに、いま本気で向き合っています。

 

そのために、教育には徹底的に投資しています。毎朝クレドカードを唱和し、理念や行動指針を単なる言葉で終わらせない。さらに、約40項目の試験制度を設け、基準をクリアした人から役割が広がる仕組みにしています。提案トークや名刺交換、立ち居振る舞いといった基本動作まで含め、細かく基準を設計しています。

 

特に重視しているのは、数字で可視化しにくい部分です。話し方の熱量、提案時の覚悟、相手への向き合い方といった要素は、結果に直結します。ここは私自身が試験官となり、直接見てフィードバックを行っています。曖昧にすれば、品質は必ずばらつきます。だからこそ、徹底して基準を揃える。この積み重ねが、「日本一のPR力」を組織として実現するための土台になると考えています。

 

 

7.読者へのメッセージ

挑戦が怖いと感じている方にお伝えしたいことがあります。経営も事業も、結局は「自分一人ではできない」ということを、できるだけ早く受け入れたほうがいいということです。

 

会社員時代、私はPRの領域で一人で十人分の成果を出すような働き方をしてきましたし、評価もいただいていました。しかし、経営者になってみると、経理やファイナンス、人事、採用など、向き合うべき領域が一気に広がります。そのとき初めて、自分の力が及ぶ範囲は想像以上に限られているのだと痛感しました。

 

そこから変われたのは、自分の無力さや無知さを認め、仲間の力を借りると決めたからです。社内メンバーを信じて任せること。外部のメンターやアドバイザーから素直に学ぶこと。自分に足りない部分を、周囲の力で補っていく。その積み重ねによって、会社は初めて健全に拡大していくのだと思います。

 

もし、PRや広報に課題を感じている経営者の方がいらっしゃるなら、まずは現状の整理からでも構いませんのでお話をお伺いさせてください。私たちは、企業の可能性を広げるPRを設計し、成果につながるところまで伴走することにこだわっています。

 

必要な方に、必要な形で価値が届くように。PRの力で、挑戦する人や企業の背中を少しでも押すことができたら、これ以上うれしいことはありません。