通信の先にある、心の余白をつくりたい。H.I.S.Mobile 猪腰英知が描く現在地と未来
1. いままでのキャリアについて
約30年前にHISへ新卒で入社し、旅行のカウンタースタッフとしてキャリアをスタートしました。入社当初は、店舗で一般的な旅行商品のセールスを担当していましたが、2〜3年が経った頃には営業所の班長や主任を経験し、徐々にマネジメントにも関わるようになっていきました。
20代後半から30代にかけては、東北エリアを中心に複数の営業所で営業所長を務め、新規店舗の立ち上げや商品企画などにも携わりました。特に地方拠点では、仕入れから企画、広告、集客、販売までを一気通貫で担う必要があり、事業全体をどう回していくかを現場で学ぶ貴重な経験だったと感じています。
30代前半の頃には、広島に拠点を置きながら中四国エリア全体を管轄する役割を任されました。当時は「中国営業課」と呼ばれる部署で、現在のHIS中国事業部の前身にあたる組織です。広島を拠点に、中四国7県それぞれの出店計画や店舗管理を行いながら、エリア全体の戦略を取りまとめる部署の立ち上げに携わりました。中四国エリアは、県ごとに主要なメディア媒体も異なります。山陽新聞、広島新聞、中国新聞など、それぞれの地域特性を理解したうえで、広告戦略や販促を設計する必要がありました。地域ごとの違いを一つひとつ捉えながら、エリア全体としてどう成長させていくかを考え続けた経験は、今振り返っても非常に学びが多かったと思います。この部署には約5年間携わり、結果として事業規模をおよそ倍程度まで拡大することができました。
その後は北海道へ異動し、こちらでも旅行事業全般を統括する立場として、現場からマネジメントまで幅広く担当しました。地域や環境が変わる中で、事業は結局「人」で決まるという実感を強く持つようになりました。38歳頃に東京へ戻り、本社では個人向けパッケージツアーブランドのリーダーを務めました。ハワイやオセアニア、ミクロネシアなど南太平洋方面を中心に、商品企画から事業全体の成長を担いました。その後は航空会社との交渉を行う部署に移り、チャーター便の手配や座席の一括仕入れなど、航空仕入れを専門に扱う業務にも携わりました。
こうした新規事業の立ち上げや事業拡大の経験を重ねる中で、HISモバイルの立ち上げに伴い、代表として参画することになりました。約7〜8年前から本格的に通信事業を進め、現在に至ります。これまで旅行業界で培ってきた、仕入れとマーケティングの感覚、現場マネジメント、組織づくりといった経験は、形こそ違えど、通信事業においてもそのまま活きていると感じています。
また、これまでのキャリアを振り返って、一貫して大事にしてきたのは「人」です。業務を進める上で、すべてを自分一人でやろうとするのではなく、どれだけ優秀な人を採用できるか、そしてその人たちが力を発揮できる環境をつくれるかが、事業の成否を分けると考えています。育成ももちろん大切ですが、私の場合は「自分に足りない部分を補ってくれる人」を採用することを意識してきました。自分と同じことができる人を増やす必要はありません。それぞれの分野で、自分よりも優れている人に任せていく。そのほうが、組織としての力は確実に強くなります。センスのある人を採用し、任せる。任せることで、その人は自然と成長していく。これが、これまで私が実践してきた仕事のスタイルです。この考え方は、現在のH.I.S.Mobileの組織づくりにも、そのまま活かされています。
2. 事業紹介
現在のH.I.S.Mobileの事業は、格安SIMの販売を軸に、大きく3つの柱で展開しています。
1つ目は国内の個人に向けたBtoCの事業です。
ドコモ回線を活用した格安SIMの提供を中心に、Webを主軸とした販売を行っています。アフィリエイトなども活用しながら、事前に比較・検討できる環境を整え、わかりやすく、選びやすいサービス設計を意識しています。
SIMカードの提供だけでなく、ECサイトを通じてスマートフォンやモバイル端末、周辺機器の販売も行っています。また、イベント時などに利用される端末のレンタルにも対応しており、通信と端末を組み合わせた形で、幅広いニーズに応えています。
一方で、Webだけでは不安を感じる方や、直接相談したいという声も少なくありません。そこで、iPhone修理や買取を行う店舗と連携し、店舗内でモバイルの相談ができる体制も整えました。直営店舗に限らず、フランチャイズや代理店という形で全国に拠点を広げ、対面でのサポートも含めたサービス提供を行っています。
2つ目が、法人向け、いわゆるBtoBの事業です。
企業のお客様に対しては、通信費削減を目的とした法人用SIMプランの提供を行っています。会社で利用するスマートフォンはもちろん、ノートPCやタブレット向けのデータSIMをセットで提供するなど、業務内容に応じた柔軟な提案を行っています。
また近年では、IoTやドローン、監視カメラといった分野で利用されるSIMカードの需要も増えています。セキュリティ関連の機器や、スマート農業、設備管理など、開発者や各事業者向けに通信インフラを提供するサービスも展開しています。展示会への出展や業界内でのネットワークづくりを通じて、現場に即した提案を行っている点も特徴です。
3つ目が、旅行者向けの通信サービスです。
HISグループと連携し、海外Wi-FiレンタルやeSIMを中心とした通信サービスの提供を行っています。全国のHIS店舗やWebサイトを通じて、海外渡航時の通信環境をサポートしています。加えて、翻訳機やGoProなど、旅行にまつわるモバイル端末のレンタル・販売も行っており、「旅先で必要になる通信や機器をまとめて提供できる」点が強みです。旅行会社としての知見と、通信事業者としてのノウハウを掛け合わせたサービス設計を行っています。
この3つの事業はそれぞれ対象となるお客様は異なりますが、共通しているのは「通信を通じて、生活や仕事、旅を少しでも便利で豊かなものにしたい」という考え方です。個人、法人、旅行者、それぞれのシーンに合わせて、通信の価値をどう届けるかを常に考えながら、事業を展開しています。
3. 経営ビジョンと理念
H.I.S.Mobileの経営ビジョンを考えるうえで、ベースになっているのはHISグループ全体が掲げている「心躍るを、解き放つ。」というパーパスです。これはHISグループとしての存在意義であり、私たちH.I.S.Mobileも、その一員としてこの考え方を大切にしています。
旅行会社としてのHISは、旅や体験を通じて人の心を豊かにすることを使命としてきました。一方で、私たちが担っているのは通信事業です。では、通信事業者として「心躍るを、解き放つ。」とはどういうことなのか。そこは、H.I.S.Mobileとして常に考え続けているテーマでもあります。
私自身が強く感じているのは、通信というのは生活に欠かせないインフラである一方で、どうしても「見えにくいコスト」になりがちだということです。多くの方が、実際の使い方に合っていないプランを選んだまま、必要以上の通信費を支払っているケースも少なくありません。
例えば、本当は年間で1万円程度の通信量しか使っていないのに「なんとなく」「面倒だから」と高額なプランを契約し続けている。そうした状況では、生活の中に余白は生まれません。私たちが通信費を適正化することで、その分のお金や時間、気持ちの余裕を、別のことに使ってもらえるようになる。それもまた、「心を豊かにする」ことにつながると考えています。
その余白は、必ずしも旅行である必要はありません。少し美味しいものを食べることかもしれませんし、映画を観に行くことかもしれない。あるいは、家族や子どもに何かしてあげる時間かもしれません。日常の中の小さな豊かさを支えることも、私たちの役割だと思っています。
H.I.S.Mobileとして目指しているのは、単に安い通信サービスを提供する会社ではありません。お客様一人ひとりの使い方に合った選択肢を提示し、無理なく、納得感のある形で通信を使ってもらうこと。その結果として、生活や仕事、旅の中に少しでも前向きな変化が生まれることを大切にしています。
また、企業としての姿勢として重視しているのは、「誠実さ」と「わかりやすさ」です。通信業界は専門用語が多く、仕組みも複雑です。だからこそ、難しいことを難しいままにせず、できる限りシンプルに伝える。自社の商品が最適でない場合には、正直にそう伝える。その積み重ねが、長期的な信頼につながると考えています。
組織づくりの面でも、この考え方は共通しています。社員一人ひとりが「何のためにこの仕事をしているのか」を理解し、自分の仕事が誰かの生活や事業にどうつながっているのかを実感できる組織でありたいと思っています。利益だけを追うのではなく、その先にある価値を見据えながら、事業を進めていくことが、結果的に会社の成長にもつながると信じています。
通信というインフラを通じて、人の生活や仕事、旅に寄り添う存在であり続けること。そして、小さな選択の積み重ねで、心が少し軽くなる、前向きになるきっかけを提供できる会社であること。それが、H.I.S.Mobileが目指している経営ビジョンであり、理念です。
4. 競合との差別化ポイント
格安SIM市場は競争が非常に激しく、価格やプランだけを見ると、正直どこも似たようなサービスに見えてしまうかもしれません。そんな中で、H.I.S.Mobileが意識している差別化ポイントはいくつかあります。
まず大きいのは、「わかりやすさ」に徹底してこだわっている点です。
格安SIMというと、どうしてもプランが複雑でわかりにくい印象を持たれがちですが、私たちはすべての人をターゲットにするのではなく、利用シーンやデータ容量をある程度絞った設計をしています。特に、低容量帯を中心に「この使い方なら、このプランが一番合う」という形を明確にすることで、選びやすさを重視しています。
例えば、海外に長期間滞在していて、日本ではほとんど使わないけれど回線は維持しておきたい方や、大手キャリアの回線をメインにしながら、サブ回線として安定した通信を確保したい方など、用途をかなり具体的に想定しています。用途を絞ることで、その分野では「一番わかりやすく、選ばれやすい存在」になることを意識しています。
価格面についても、インパクトのある水準を意識しています。例えば、7GB帯のプランについては、ここ数年、日本でもトップクラスに安い価格設定を維持してきました。過度に広告を打たなくても、しっかり比較検討されるお客様が「調べた結果、ここが一番安い」と選んでくださるケースが一定数あります。マーケティングに大きなコストをかけるよりも、その分を価格に還元するという考え方です。
また、H.I.S.Mobileの特徴として、「比較ありき」で提案できる点も大きな強みだと考えています。私たちは通信のバックエンド部分を日本通信株式会社と連携して構築していますが、営業や提案の立場としては、特定のキャリアだけに固執していません。場合によっては、「このケースならNTTドコモさんやauさんのプランの方が合っています」と正直にお伝えすることもあります。
通信サービスは、使い方や環境によって最適解が変わります。だからこそ、自社の商品を無理に押し付けるのではなく、お客様にとって何が一番合理的かを一緒に考える。そのスタンスを取れることが、結果的に信頼につながっていると感じています。
さらに、HISグループの一員であることも、他社にはないポイントです。通信事業単体で見ると、後発の会社ですが、HISというブランドが持つ信頼感や顧客基盤、全国の店舗ネットワークがあります。特に旅行者向けサービスにおいては、通信と旅の文脈を掛け合わせた提案ができる点は、他の格安SIM事業者にはない強みです。
加えて、個人向け、法人向け、旅行者向けという3つの事業を並行して展開していることで、市場や技術の変化にも柔軟に対応できます。例えば、IoTやセキュリティ分野で得た知見を法人向けに活かしたり、旅行者向けサービスで培ったノウハウを個人向けに展開したりと、事業間での横断的な連携も進めています。
価格だけで勝負するのではなく、分かりやすさ、用途設計、提案の柔軟性、そしてHISグループならではの信頼と接点。これらを組み合わせながら、「自分たちが選ばれる理由」を一つずつ積み上げてきました。それが、H.I.S.Mobileの競合との差別化ポイントだと考えています。
5. 現在注力していること
現在、H.I.S.Mobileとして特に注力しているのは、個人向けの格安SIM事業を着実に伸ばしていくことです。ただ、単純に販売数を増やすことが目的ではありません。私たちが目指しているのは、「長く安心して使ってもらえるサービス」をつくることです。そのため、今は表に見える施策以上に、システムやオペレーションの改善、新しいプラン開発に向けた基盤づくりに力を入れています。将来的には、海外での通信利用も含めたサービス展開を見据えながら、中長期で競争力を持てる状態を整えています。
あわせて、旅行者向けの通信サービスにも引き続き注力しています。海外Wi-Fiや海外SIM、eSIMといったサービスを通じて、これから旅行に出る方々との新たな接点をつくり、顧客基盤を広げていくフェーズに入っています。旅行という行為そのものが、モバイル通信を前提とした環境にある以上、通信と旅行の親和性はもともと高いと考えています。
一方で、現実的には、HISの旅行利用者と格安SIMの利用者では顧客層が異なり、必ずしも今すぐ強いシナジーが生まれる状態ではありません。だからこそ現在は、無理に結びつけるのではなく、通信を軸とした顧客接点を一つひとつ積み上げていくことを重視しています。通信サービスに加え、旅先での利用を想定したガジェット類のレンタルなど、通信周辺の領域も含めて接点を広げています。
将来的には、格安SIMの大きな課題である「海外で使いづらい」という点が解消される見通しもあり、海外ローミング、Wi-Fiレンタル、eSIMを一体で提供できる体制が整えば、通信と旅行の関係はより自然につながっていくと考えています。現在は、それぞれの領域で基盤を整えている段階ですが、数年後にはそれらが結びつき、H.I.S.Mobileならではの価値につながっていくはずです。
法人向けの領域では、IoTやAI分野への対応を強化しています。今後、AIを活用したサービスが広がっていく中で、センサーや機器と通信を組み合わせた仕組みは確実に増えていきます。その際、通信は欠かせないインフラです。そうした分野で「まず相談してもらえる存在」になるため、取引先やパートナー企業との関係づくりを進めながら、現場に寄り添った提案ができる体制を整えています。
これまでの点に注力している中で、自然と広がってきたのが、社会貢献につながる取り組みです。格安SIMを利用されるお客様や、法人のお客様と向き合う中で、生活や事業の現場には、まだ十分に情報や支援が届いていない層が多く存在することを実感するようになりました。
例えば、不要になったスマートフォンや端末は、これまで「捨てるしかないもの」として扱われてきましたが、私たちはそれを回収・買取し、再活用する仕組みをつくっています。その一部を自治体や地域と連携し、寄付や地域還元につなげる取り組みも行っています。今まで価値がないと思われていたものに、もう一度価値を与えることで、少しでも地域や社会の役に立てればという思いです。
また、子ども食堂や地域の支援団体と連携するなど、直接的な利益を目的としない活動にも少しずつ取り組んでいます。通信という事業を通じて見えてきた「情報格差」や「選択肢の少なさ」に対して、何ができるのかを模索しながら、できることから形にしています。
私たちが大切にしているのは、無理に社会貢献を打ち出すことではありません。通信費を適正化すること、情報を分かりやすく伝えること、選択肢を増やすこと。そうした日々の事業活動そのものが、結果として誰かの生活を少し楽にし、前向きにすることにつながると考えています。
事業と社会貢献を切り離すのではなく、事業を通じて自然に社会と関わっていく。その積み重ねが、H.I.S.Mobileらしい価値のつくり方だと思っています。
6. 今後の展望・挑戦
今後の展望を考えるうえで、まず大きなテーマとしてあるのが、H.I.S.Mobileの事業規模を中期的に一段引き上げていくことです。HISグループの中の一事業分野として、通信事業が果たす役割をより明確にしていくためにも、現在の規模感から、倍から10倍程度まで成長させていく必要があると感じています。
その実現に向けて、現在は「個人向けモバイル」「法人向けモバイル」「旅行者向け通信」という3つの柱を、それぞれ伸ばしていくことに注力しています。現時点では各事業は独立して動いていますが、将来的には相互に連携し、HISらしい通信事業として一体化していくことを目指しています。
個人向けモバイル事業では、格安SIMの顧客拡大を進めながら、今後3年程度を目安に、海外でも利用できる通信サービスの提供を見据えています。そのために、表には出ていませんが、システム開発や新たな料金プランの設計を進めています。あわせて、サービス品質を高めるための店舗体制の強化や人材採用など、裏側の基盤づくりにも取り組んでいます。
法人向け事業では、地方創生や観光DXといった分野を中心に、ホテル事業者など人手不足の課題を抱える企業に対し、自動化や通信を活用した支援を行っています。こうした取り組みを通じてネットワークを広げ、将来的には全国規模で顧客を支援できる体制を整えていきたいと考えています。
旅行者向け通信の分野では、eSIMやWi-Fiレンタルを通じて築いてきた顧客接点を、HISで旅行商品を購入したお客様に限らず、通信サービスを起点とした新たな顧客基盤として広げていくことを目指しています。航空券は別のチャネルで購入していても、通信サービスはH.I.S.Mobileを利用してもらう。そうした形で顧客データベースを拡張していきたいと考えています。
こうして各事業の顧客基盤が広がり、規模が拡大していくことで、人材や拠点への投資も可能になります。現在は東京に拠点を集約していますが、将来的には全国に拠点を持ち、HISの地方拠点や営業担当と連携しながら、地域に根ざした案件にも取り組んでいきたいと考えています。
3つの柱をそれぞれ伸ばし、最終的に一つにつなげていくことで、HISグループにおける通信事業としての役割を、より大きなものにしていく。そのために、まずは規模の拡大に徹底して取り組んでいます。
7. 読者へのメッセージ
今はAIの進展によって、新しいビジネスチャンスが広がっているタイミングだと感じています。こうした時代において、中小企業の最大の強みは、やはり機動力にあるのではないでしょうか。私自身、これまでの経験を通じて、変化を恐れてしまうと事業はなかなか拡大できないと実感してきました。変化の厳しい時代だからこそ、立ち止まらずにチャレンジする姿勢を大切にしていくことが重要だと思っています。そうした思いを共有しながら、中小企業の皆様とも一緒に頑張っていけたら嬉しいです。
通信を切り口に、協業やパートナーシップという形で一緒にチャレンジしたいという方がいらっしゃれば、ぜひ声をかけていただければと思います。H.I.S.Mobileは、通信のバックエンドを担うというよりも、商社・営業的な立場で最適な選択肢を一緒に考える役割を担っています。自社サービスに限らず、NTTドコモ、au、ソフトバンク、IIJmioなど、さまざまな事業者と取引があり、ケースに応じて最適な提案を行うことができます。もし自分たちのサービスだけでは賄えない場合でも、パートナー企業と連携しながら、企画検討からベストな提案、ベストプライスの実現に挑戦しています。
「こんなことができないか」「新しい取り組みを一緒に考えたい」——その段階からで構いません。通信費の見直しや新しい取り組みの検討など、企画段階から伴走できるのが私たちの強みです。何かご相談頂けることががあれば、ぜひお気軽にお声がけいただければと思います。