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「心地よさ」を科学する——枕一筋68年、富士ベッド工業の眠りへの探求

富士ベッド工業株式会社

代表取締役社長

小野弘幸

1. いままでのキャリアについて

私のキャリアの原点は建築業界にあります。祖父が工務店を営んでおり、その背中を見て育った私は、建築の学校を卒業後、建築会社に就職しました。約10年間、現場で建物づくりに携わっていましたが、あるとき縁あって富士ベッド工業の先代と出会い、33年前に入社することになりました。

 

最初に配属されたのは「枕課」。まさかここから、自分の人生の大半を“枕”と共に歩むことになるとは、当時は想像もしていませんでした。富士ベッド工業で経験を積み重ね、2019年に代表に就任。現在は、ものづくりの現場と経営の両面から会社を支えています。

 

当社は創業68年を迎えます。もともとはベッドのマットレスを製造していましたが、販売が伸び悩み、創業からわずか1年ほどで枕へと事業を転換しました。初代社長は、日本で初めて枕の実用新案を取得し、「眠りを支える道具」としての枕の価値を確立しました。以来、私たちは“枕一筋”で、より良い眠りを届けるためのものづくりを続けています。

 

 

2. 会社・事業の紹介

富士ベッド工業は、枕の研究・開発・製造を一貫して行う“枕の総合メーカー”です。私たちが大切にしているのは、感覚だけに頼らない「科学的なものづくり」。東京工業大学をはじめとする研究機関と連携し、睡眠姿勢や体圧分布などを測定する独自の試験機器を開発してきました。

 

繊維業界には、生地や製品の品質検査を行うマニュアルが存在しますが、当社ではそれに加えて、製品の「機能性」を客観的に証明する独自のエビデンスを蓄積しています。第三者機関では評価しきれない部分を自社で補い、科学的データに基づいて快適さを追求する──それが私たちのこだわりです。

 

その研究の成果のひとつとして、多くのお客様に評価をいただいているのが、横向き寝に特化した枕「YOKONEGU」シリーズです。「横寝が一番リラックスできる」と感じる方の声をもとに、姿勢データを数千件単位で分析し、体圧のかかり方や首・肩の角度、呼吸のしやすさまで細かく検証しました。 “横寝の快適さ”という視点は、これまでの枕業界ではあまり重視されてこなかった領域。そこに真剣に取り組み、データと感性の両面から設計したのがYOKONEGUです。

感性と科学を融合させた開発姿勢──それこそが、富士ベッド工業のものづくりの原点であり、これからも変わらない強みです。

 

 

3. 経営ビジョン・理念

富士ベッド工業の理念は、「心地よいを形にする」ことです。枕は、ただ眠るための道具ではなく、眠りの質を高め、翌日の活力を生み出す“人生を支える道具”だと考えています。だからこそ、感覚的な快適さだけでなく、データに裏付けられた「心地よさ」を追求しています。

 

ものづくりにおいて最も大切なのは、使う人の気持ちを想像すること。 当社の理念にある「心地よさ」とは、形状や素材のことだけでなく、使う人が“安心して眠れること”そのものを指しています。人の数だけ眠りがある。だからこそ、一人ひとりに寄り添い、その人にとっての“心地よさ”を届け続けたいと考えています。

 

 

4. 競合との差別化ポイント

他社との比較は、正直あまり意識していません。もちろん世の中には多くの枕メーカーがあり、大手メーカーや量販店の人気商品も数多くあります。ただ、それぞれに良さがあり、私たちは「他社とどう違うか」ではなく、「自分たちは何を大切にしているか」を基準にものづくりをしています。

 

私が入社した33年前、まだ“枕に高さを合わせる”という考え方は一般的ではありませんでした。当時から私たちは「仰向け寝のとき、首と後頭部の隙間を埋めることが大切」という理論を提唱し、地道にその重要性を伝え続けてきました。いまではその考え方が業界全体のスタンダードになったと感じています。

 

つまり、私たちが目指してきたのは「時代を追うこと」ではなく「時代をつくること」。
流行や価格競争に左右されるのではなく、科学的な根拠と使う人の感覚の両方を大切にしながら、枕の新しい基準を築いてきました。この“信念を貫く姿勢”こそが、富士ベッド工業の最大の差別化ポイントだと考えています。

 

 

5. 現在注力していること

いま特に力を入れているのは、「枕でNo.1になること」です。 創業以来、私たちは一貫して枕づくりに取り組んできましたが、まだ“理想の枕”をつくりきったとは思っていません。素材や形状、通気性、メンテナンス性──どの要素にも改良の余地があります。だからこそ、日々小さな実験と検証を重ねています。

 

商品開発は、開発メンバーを中心に、他部署の意見も取り入れながら進めています。「どんな枕がほしいか」「どこを改善すべきか」といった意見をアンケートで集め、毎日2個ほどの試作品を制作。OEM製品に加えて、自社ブランドでも展示会に向けて年に3〜4点の新作を発表しています。開発に携わるメンバー全員が常に次の改良点を探す──それが富士ベッド工業の文化です。

 

こうした開発姿勢の根底にあるのは、「快適さを形にする探求」という考え方です。 呼吸のしやすさや首・肩への負担軽減といった、睡眠姿勢の改善に直結する機能を徹底して追求し、より多くの方が“自分に合った眠り”に出会えるよう改良を続けています。

 

さらに、枕を購入するお客様の多くが男性よりも女性であるというデータにも着目。そのため、女性社員が中心となって開発する商品にも力を入れています。たとえば、デスク用まくら「Baquu(バクー)」はその代表的な商品です。「仕事の合間にも心地よい休息を」という発想から生まれ、オフィスワークや在宅勤務の時間の中でも、ほっとひと息つける瞬間をつくることを目指しました。

 

男性主導の企画だと角ばった無骨なデザインになりがちですが、女性ならではの視点で、柔らかな素材感や肌触り、見た目の愛らしさにまでこだわっています。ライフスタイルの変化に寄り添い、“休息の形”そのものを提案する商品として、多くのお客様から共感をいただいています。

 

どんなに小さな改善でも、積み重ねれば確かな違いになる。その信念を胸に、今日も“理想の枕”づくりに挑み続けています。

 

 

6. 今後の展望・挑戦

今後の目標は、国内外における事業の拡大です。まずは、西日本への進出を検討しています。日本は地域によって体格や気候、生活リズムが微妙に異なります。そうした違いを研究した上で、現地に合った枕をつくるため、西日本に新たな工場を設けたいと考えています。東と西、それぞれの特徴を踏まえた製品開発ができれば、全国の多様なニーズに応えられるはずです。

 

さらに、海外展開にも挑戦していきたいと思っています。ヨーロッパの学生を対象に行った測定では、日本人と近い数値が得られました。つまり、現地でも私たちの枕がフィットする可能性があるということです。今後はそのデータをもとに、ヨーロッパの人々の眠りを支える製品づくりにも取り組んでいきたいと考えています。

 

“日本発の枕メーカー”として、世界の人々に心地よい眠りを届ける。 これは、私たちが長年積み上げてきた技術と理念を、次のステージへと昇華させる挑戦です。枕を通じて人々の暮らしを支え、より豊かな社会を実現すること──それが、これからの富士ベッド工業の使命だと思っています。

 

 

7. 読者へのメッセージ

経営において、私ひとりでできることはほとんどありません。ものづくりも経営も、すべては人の力によって成り立っています。だからこそ、私が何よりも大切にしているのは「組織づくり」です。方向性を共有し、互いに信頼し合えるチームでなければ、どんなに優れた技術や理念があっても継続的な成長は望めません。

 

当社の社是は「信頼」。社員を信じ、取引先を信じ、お客様を信じること。信じるという行為は簡単なようで難しいものです。時には裏切られることもあるかもしれません。しかし、それでも信じることをやめてはいけない。信頼の上にこそ、人も組織も成長が生まれると私は思っています。

 

これからも、社員一人ひとりが誇りを持って働ける環境を整え、枕を通じて人々の毎日をより豊かにできるよう努めてまいります。“心地よい眠り”の先にある、“心地よい人生”をつくること──それが、私たち富士ベッド工業の願いです。