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真ん中にアイがある——ブラシづくりを通じて社会に貢献する、ファイン株式会社の挑戦

ファイン株式会社

代表取締役社長

清水直子

1. いままでのキャリアについて

大学では欧米文化学科を専攻し、英語を中心に学んでいました。卒業後は、語学力を活かせる仕事として商社に入社し、貿易事務を担当しました。海外の企業とやり取りをしながら、文化の違いを越えて仕事が進む面白さを感じていた時期です。

 

そんな中、家業であるファイン株式会社が海外キャラクター関連の事業を立ち上げることになり、英文書類を扱える人材として呼び戻されました。当初は一時的なつもりでしたが、現場を見ているうちに、ものづくりの世界の奥深さに引き込まれていきました。

 

商社で培った経験は今の経営にも生きています。海外メーカーとの交渉や機械の導入などをすべて自社で行えるようになったのは、当時の実務を通じて得た知識や姿勢があったからだと思います。現場に立ちながら経営を学ぶ日々の始まりでした。

 

 

2. 会社・事業の紹介

ファイン株式会社は、歯ブラシを中心としたブラシ製品を製造・販売している会社です。高齢者や化学物質過敏症の方など、一般的な製品では対応が難しいニーズに応えるものづくりを続けています。たとえば、介護施設や医療機関からの依頼で特注ブラシを製造したり、小さな子どもでも使いやすいように持ち手の形を工夫したりと、一つひとつの製品に“使う人の顔”が見えるのが特徴です。

 

お客様の中には、「ファインの製品が最後の頼みの綱です」と言ってくださる方もいます。私たちはそうした声を励みに、誰かの暮らしを少しでも快適にする製品づくりを続けています。

 

現在は歯ブラシに限らず、植毛技術を応用した工業用ブラシの開発にも力を入れています。歯ブラシ市場はレッドオーシャンですが、産業用ブラシの分野にはまだ多くの可能性があります。三重県名張工場では、竹や木材を粉砕・乾燥・樹脂化できる設備を整え、廃棄される素材の再利用や地域資源を活かした製品開発にも取り組んでいます。地元の素材を使いながら、新しいものづくりを生み出す——それも私たちの社会貢献の形だと思っています。

 

 

3. 経営ビジョンと理念

ファインの理念は「真ん中にアイがある」です。以前は「不便を便利に、不安を安心にするお手伝い」という言葉を掲げていましたが、どこかしっくりこないと感じていました。“不”から始まる言葉は、どうしてもネガティブな印象を与えてしまう。もっと前向きで、自分たちの想いを素直に表現できる言葉にしたいと考え、理念を見直しました。

 

“アイ”という言葉には、さまざまな意味があります。AI(人工知能)という未来的な要素もあれば、「アイ(私)」という主体性もあり、アイデアを生む創造性も含まれています。お客様、製品、社員、地域、そして自分自身——そのすべての中心に“愛”を置くというのが、今のファインの原点です。

 

この理念を掲げてから、会社の在り方も少しずつ変わっていきました。価格で競うのではなく、想いや価値観でつながる取引を大切にするようになりました。心からその製品を愛しているお客様と一緒に仕事をしたい。そう考えるようになってからは、自分たちがつくる意味がより明確になったと思います。

 

 

4. 競合との差別化ポイント

ファインの強みは、ほとんどの製造工程を自社で完結できる“一気通貫”の体制にあります。コンセプト立案、ハンドルデザイン、3Dプリンターによる試作、竹の伐採、樹脂成形、植毛、毛切り、包装まで——ものづくりの上流から下流まで、ほぼすべてを自社で行っています。射出成形や印刷といった一部工程こそ協力工場に依頼しますが、通常なら複数の企業が関わるプロセスを、ここまで一貫して対応できる企業は多くありません。

 

この体制があるからこそ、スピーディーな対応が可能であり、秘密保持の面でも安心して任せていただけます。そして何より、他社で断られたような案件を“駆け込み寺”として引き受けられることが私たちの誇りです。お客様の「困った」をどう形にするか。その挑戦こそが、私たちのものづくりを前に進める原動力になっています。

 

 

5. 現在注力していること

今、力を入れているのは人材育成と評価制度の整備です。ベテラン社員の引退が進むなかで、次の世代が成長できる仕組みを整える必要があります。特に40代前半の社員が中心となり、新しい技術や考え方を積極的に取り入れています。

 

夫もその一人です。もともとはデザイナーとして入社し、パッケージデザインを担当していましたが、今では3Dプリンターを使った設計や機械の改良など、技術面でも会社を支えています。私が経営全体を見て、夫がものづくりを支える。役割は違っても、目指している方向は同じです。夫婦だからこそ、価値観を共有しながら挑戦を続けられていると思います。

 

評価制度の整備は単なる数字の管理ではなく、社員の努力や成長を正しく見える化するためのものです。誰もが納得できる形で評価される環境を整えることが、次の世代のモチベーションにつながると感じています。小さな会社だからこそ、ひとり一人の想いを大切にできる仕組みにしたいと思っています。

 

 

6. 今後の展望と挑戦

ファインの経営の根底には、「社会貢献を軸にしたものづくり」という明確な指針があります。お金を目的にするのではなく、社会の役に立つことを目的にする。その考え方があるからこそ、厳しい時期でも続けてこられました。

 

助成金の申請やアワードへの応募も、その延長線上にあります。申請書を書くということは、行政や社会に自分たちの事業をプレゼンテーションすること。そこで評価を受けることで、品川区や東京都からもモデル企業として声をかけていただけるようになりました。小さな会社でも、正しく発信すれば見つけてもらえる。助成金や受賞歴は、単なる結果ではなく、自社を見直す機会そのものだと感じています。

 

また、ファインの活動は「女性社長」「ものづくり」「メイドインジャパン」「環境」「高齢者」「ベビー」といった社会性のあるキーワードとも親和性が高く、メディアにも多く取り上げていただいています。取材を受けることは宣伝のためだけでなく、自分たちの仕事を客観的に見直す貴重な時間でもあります。発信は一方通行ではなく、次のチャンスを呼び込む循環そのものだと思っています。

 

 

7. 読者へのメッセージ

経営は、宝探しのようなものだと思います。私自身、ここ数年は試行錯誤の連続でした。M&Aを検討したこともありましたが、仮に会社を手放したとして、次に何をするかと考えたとき、結局また経営をするだろうと思いました。その時に改めて気づいたのが、経営とは自分にとっての宝探しなのだということです。

 

自社の宝を探し、見つけたらどう磨くかを考える。その繰り返しです。扉を開けても正解が見つからないことの方が多いですが、探し続けることで見えてくるものがあります。宝を見つけた瞬間よりも、それを磨いていく過程こそが経営の本質なのだと思います。

 

そして、もう一つ大切だと感じているのが“学び続けること”です。中小企業の経営者は、経営を勉強しないまま現場に立つことが多いですが、知識を身につけて“武装”することで、前に進むスピードは確実に変わります。経営には王道があるようでない。けれど、勉強を通じて見えてくる景色は必ずあります。

 

自社のリソースは、自分ではなかなか気づけないものです。だからこそ、外部の力を借りたり、メディアや専門家とアライアンスを組んだりしながら、視野を広げることが大切だと思います。誰かの力を借りることは、弱さではなく、前に進むための強さです。

 

自社の理念「真ん中にアイがある」その言葉の通り、ファインの経営には常に人への想いが中心にあります。誰かの困りごとを形にし、社会に貢献しながら、自社の宝を磨き続ける。そんな歩みを、これからも大切にしていきたいと思います。