TOP > 経営者インタビュー > 江戸切子ブランド「華硝」が進む、チームで継ぐ伝統工芸の経営と組織づくり

江戸切子ブランド「華硝」が進む、チームで継ぐ伝統工芸の経営と組織づくり

株式会社江戸切子の店華硝

代表取締役社長

熊倉 千砂都

1.いままでのキャリアについて

私はもともと日本史が好きだったことから、社会科の教員を目指していました。教員免許を取得し、非常勤講師として学校現場にも関わっていましたが、当時は採用枠が限られており、特に女性が社会科教員として採用されるケースは少なく、正規教員になることはできませんでした。

 

そのため、大学院で教育学の研究を続けながら、非常勤として教壇に立つ形でキャリアをスタートさせました。しかし、研究を深める中で、将来に対する不安も次第に大きくなっていきました。

 

そうしたタイミングで、家業である江戸切子の事業に関わることになります。きっかけは、東京都の補助事業の申請でした。当時、社内で書類を作成できる人間が私しかおらず、「手伝い」という形で関わったのが始まりです。しかし、その申請が採択されたことで行政とのやり取りが増え、片手間では対応できない状況になりました。

 

結果として30歳の時に本格的に家業へ参画することになりました。ただし当初は、あくまでサポート役としての立ち位置であり、自分が継ぐという意識はまったくありませんでした。もともと弟が三代目として継ぐ前提で事業は成り立っていたためです。

 

しかしある時、弟が突然会社に来なくなり、「継ぐ自信がない」と意思を示したことで状況が大きく変わります。経営の継続を考えたとき、結果的に私が事業を引き継ぐことになりました。

 

ただ、私は職人ではなく、技術も持っていませんでした。伝統工芸は技術を持つ人が継ぐものという固定観念もあり、大きな葛藤がありました。そこで生まれたのが、「チームで継ぐ」という考え方です。私一人ではなく、職人を含めた組織全体で三代目を担う「チーム三代目」という形で経営を行うことを決めました。

 

 

 

2.会社や事業の紹介

当社は、江戸切子の製造・販売を行う工房兼店舗として事業を展開してきました。祖父の代は、大手ガラスメーカーから素材とデザインを支給され、同じ製品を加工する下請け型のビジネスが中心でした。

 

しかし父の代で、そのあり方を大きく転換します。「技術の優劣に関わらず、加工した数で同じ対価しか得られない」という構造に疑問を持ち、自分たちの技術を活かしたオリジナル商品の開発・販売へと舵を切りました。工房の隣に店舗を構え、自らつくったものを直接お客様に届けるスタイルへと変えていったのです。

 

その中で生まれたのが、独自の文様である「米つなぎ」です。江戸の伝統文様をベースにしながら新たにデザインされたもので、皇室への贈呈品として採用された実績もあり、現在では当社を代表する意匠の一つとなっています。

出典:https://www.edokiriko.co.jp

 

また、当社の特徴として、デザインに対する考え方があります。一般的な江戸切子は直線的なカットが中心ですが、当社では曲線表現を取り入れるなど、従来の枠にとらわれない表現に挑戦しています。さらに、下書きを行わずにカットする手法など、職人の感性を重視したものづくりを行っている点も特徴です。

 

現在では国内だけでなく海外からの顧客も多く、特にアメリカから来てくださる方の購入が大きな割合を占めています。

 

 

3.経営ビジョンと理念

私が経営において大切にしているのは、「継承のあり方を変える」ということです。

 

伝統工芸の世界では、これまで血縁関係によって技術や思想が受け継がれてきました。しかし私は、血縁に限らずとも継承は可能であると考えています。むしろ、その方が持続可能な形になるのではないかと感じています。

 

実際に当社では、これまで一部の人にしか伝えられてこなかった技術を、意欲のあるスタッフへ開放する取り組みを進めています。技術だけでなく、ものづくりに対する考え方や感性も含めて共有していくことを重視しています。

 

また、「伝統とは何か」という問いについても、私なりの考えがあります。伝統とは固定されたものではなく、その時代ごとに最も良いものが残り続けた結果だと思っています。つまり、常に新しい挑戦を続けること自体が伝統をつくることにつながると捉えています。

 

そのため、守るべきものと変えるべきものを見極めながら、変化し続けることを大切にしています。

 

 

4.競合との差別化ポイント

当社の差別化は、「商品」ではなく「思想」と「組織」にあると考えています。

 

一つは、作品を単なる商品ではなく「アート」として捉えている点です。日用品としての価値に加えて、美術的価値をどのように高めていくかを重視しています。使うための器でありながら、同時に芸術作品でもあるという位置づけです。

 

もう一つは、非血縁による組織運営です。「華組」と呼ばれるチームを中心に、血縁関係に依存しない形で技術や思想を継承する仕組みを構築しています。これは伝統工芸業界ではまだ珍しい取り組みです。

 

さらに、技術の継承においても、従来のような閉じた形ではなく、意欲ある人材に開かれた形にしている点も特徴です。これにより、個々の能力を最大限に引き出すことができると考えています。

 

 

5.現在注力していること

現在、最も注力しているのは組織づくりです。

 

私が経営に関わるようになって気づいたのは、工房内におけるコミュニケーションの少なさでした。長年にわたり、職人同士がほとんど会話を交わさず、互いのことを深く知らない状態が続いていたのです。

 

そこでまず取り組んだのが、日常的な対話の機会をつくることでした。夕方に軽く甘いものを囲む時間を設けるなど、ささやかな取り組みから始め、加えて外部セミナーに一緒に参加するなど、共通体験を持つ機会も増やしていきました。

 

こうした積み重ねにより、徐々に会話が生まれ、関係性にも変化が現れてきました。

 

私が目指しているのは、「弱みを見せられる組織」です。人は弱みを共有できて初めて、互いに支え合うことができます。その土台となるのが、日常的なコミュニケーションだと考えています。

 

また、人材育成の一環として、江戸切子のスクール事業にも取り組んでいます。当初は定年後の方を想定していましたが、実際には30〜50代の女性が中心となり、長く通い続ける方も多くいらっしゃいます。中には、自ら作品を制作・販売するようになる方も出てきています。

 

このスクールは、技術を伝える場であると同時に、ものづくりの価値や考え方に触れていただく機会でもあります。社内の人材育成と同様に、技術だけでなく、感性や姿勢も含めて伝えていくことを大切にしています。

 

 

6.今後の展望・挑戦

今後は、作品の位置づけをより明確に「アート」へとシフトしていきます。これは単に商品を変えるという話ではなく、組織全体の意識や発信のあり方まで含めた変革です。その実現には、社員一人ひとりが同じ方向を向き、共通の理解を持つことが前提になると考えています。

 

また、日本橋という土地との連携も一層強化していきます。江戸切子発祥の地としての歴史的背景を活かし、地域全体で文化を伝えていく取り組みにも踏み込んでいきたいと考えています。

 

さらに、業界全体に対する課題意識も強く持っています。日本の技術が海外資本に依存してしまう現状に対して、危機感を抱いています。この状況を変えていくためには、技術の継承だけでは不十分であり、自ら考え、行動できる人材の育成が重要な鍵になると考えています。

 

そのため当社では、従来の「指示を受けて動く作業員」から、「自ら考えて動く人材」への転換を明確なテーマとして掲げています。技術の習得にとどまらず、思考や姿勢の変化、いわゆる自己変容を促すことで、持続可能なものづくりの基盤を築いていきます。

 

 

7.読者へのメッセージ

私自身、これまで「自分がすべてを背負わなければならない」と思い込んでいた時期がありました。しかし、その考え方ではいずれ限界が訪れ、自分自身も苦しくなってしまうことを実感しました。

 

現在は、スタッフと共に考え、共に進むというスタイルに変わっています。その方が組織としても健全であり、自分自身も無理なく前向きに取り組めるようになりました。

 

経営は、一人で背負うものではなく、チームでつくっていくものだと感じています。もし同じように悩まれている方がいらっしゃれば、すべてを抱え込むのではなく、少しずつでも周囲と共有してみることが、一つのきっかけになるのではないでしょうか。

 

そうした積み重ねが、結果として協力し合える組織をつくり、事業の持続性にもつながっていくのだと思います。