20秒で旅心をつかむ!観光ショート動画でZ世代を動かす戦略

旅を選ぶきっかけは、いつ、どこで生まれるのでしょうか。
かつて、旅の始まりには、分厚いガイドブックやテレビの特集番組がありました。あるいは、パソコンの前で「行き先+おすすめ」と検索窓に打ち込む、明確な意思がありました。しかし今、その風景は様変わりしています。旅との出会いは、通勤電車のなかで、あるいは眠りにつく前のベッドの中で、スマートフォンを持つ指が画面をスクロールする、その何気ない一瞬に、突然訪れるのです。
特にZ世代を中心に、YouTube Shorts、Instagram Reels、TikTokといった「ショート動画」が、旅行先の決定に絶大な影響力を持つようになりました。これは単なるメディアの変化ではありません。旅という体験が選ばれ、消費されるまでのプロセス、すなわち「観光プロモーションの構造そのもの」が転換したことを意味します。
本稿では、この大きな時代のうねりのなかで、観光業に携わる皆様がショート動画をなぜ“今”こそ本格的に活用すべきなのか、その理由を解き明かします。具体的な戦略から実践ステップ、成功事例、そして避けるべき失敗まで、明日から使える知見を凝縮してお届けします。
なぜショート動画なのか?観光マーケティングの地殻変動
ショート動画の活用は、もはや「やってもよい」選択肢ではなく、避けては通れない「必須」の戦略となりつつあります。その背景には、無視できない2つの大きな地殻変動があります。
「検索」から「偶然の出会い」へ
従来の観光マーケティングは、ユーザーが能動的に情報を探しにくる「プル型」が主流でした。「沖縄 旅行」や「京都 紅葉」といったキーワードで検索する、すでに旅行への意欲が明確な「顕在層」が主なターゲットでした。
しかし、ショート動画の台頭は、この構図を根底から覆しました。現代のユーザーは「なんとなく見ていた動画がきっかけで、今まで知らなかった場所に心を奪われる」という“受動型の意思決定”を驚くほど自然に行っています。これは、観光地が“発見される”場所が、Googleの検索結果から、TikTokやReelsの「おすすめ」フィードにシフトしたことを意味します。
ユーザーは何かを探しているわけではありません。ただ、心地よい刺激や共感を求めてスクロールしているだけ。その無防備な心に、地域の魅力が「偶然の出会い(セレンディピティ)」として飛び込んでくるのです。この変化は、これまで有名な観光地の陰に隠れがちだった地域にとって、千載一遇のチャンスです。知名度や広告予算の大小ではなく、コンテンツの魅力そのもので勝負できる時代が到来したのです。
「情報」ではなく「感情」を届ける力
なぜショート動画は、これほどまでに人の心を動かすのでしょうか。その答えは、動画が届けるものが単なる「情報」ではなく、「感情」である点にあります。
例えば、ウェブサイトに「泉質:ナトリウム塩化物泉。効能:神経痛」と書かれていても、心は動きません。これは単なる「情報」です。しかし、ショート動画は、湯けむりの向こうに見える人々の笑顔、温泉に浸かった瞬間の安堵のため息、湯上がりに飲む地ビールのおいしそうな音を届けます。視聴者は、その動画を通じて「疑似体験」をし、“その場所に行ってみたい”という強い「感情」をかき立てられるのです。
優れたコンテンツには「Authenticity(本物感)」「Emotion(感情性)」「Utility(実用性)」の3要素があると言われます。広告っぽさのないリアルな雰囲気(本物感)、喜びや驚きといった心の動き(感情性)、そして「行ってみたい」と思った時に役立つヒント(実用性)。ショート動画は、この3つを短い時間で凝縮して伝えるのに最適なフォーマットなのです。それは、観光地を紹介する「情報発信装置」ではなく、行きたい気持ちを呼び覚ます「感情誘発装置」と呼ぶべきものなのです。
観光ショート動画における3大プラットフォームの使い分け
ショート動画で成果を出すには、プラットフォームごとの特性を理解し、戦略を使い分けることが不可欠です。ここでは主要な3つのプラットフォームの特徴を解説します。
2-1. TikTok:若年層への「共感」と「リアル感」
TikTokは、流行の音楽とテンポの良さ、そして「共感」が拡散の鍵を握るプラットフォームです。ユーザーの多くは若年層で、作り込まれた広告よりも、日常の中にある面白さやリアルな体験談を好みます。
ここでの主役は「人」です。「地元の高校生が案内する穴場グルメ」や「移住者が驚いた〇〇の常識」といった、生活者目線のコンテンツが強い共感を生みます。プロが撮影した美しいだけの映像よりも、少し手ブレのあるスマートフォン映像の方が、かえって「本物感」があり信頼されることさえあります。未来の観光客である若者に、地域の名前や魅力を刷り込む「未来への投資」として、これ以上ないプラットフォームです。
2-2. YouTube Shorts:全世代への「ストーリー性」と「検索」
YouTube Shortsは、幅広い年齢層にリーチできるのが最大の強みです。また、YouTubeという巨大な検索エンジンの一部であるため、「〇〇市 観光」といった検索キーワードからの流入が期待できる唯一のプラットフォームでもあります。
そのため、単なる面白い映像だけでなく、短い中に「起承転結」のあるストーリーや、学びのあるコンテンツが好まれます。「老舗和菓子店の名物ができるまで」といったメイキング映像や、「1分でわかる〇〇城の歴史」といったガイド風の動画は、視聴者の知的好奇心を満たし、高い満足度を与えます。幅広い世代に、地域の深い魅力を伝えたい場合に最適です。
Instagram Reels:特定の層への「美しさ」と「憧れ」
Instagram Reelsの主戦場は「世界観」です。ビジュアルの美しさ、雰囲気、おしゃれさが何よりも重視され、「憧れのライフスタイル」を想起させるコンテンツと非常に高い親和性を持ちます。
主なターゲットは、美意識の高い20代〜40代の女性です。「絶対に訪れたい絶景カフェ5選」や「古民家をリノベーションしたお洒落宿での過ごし方」といった、テーマ性のあるまとめコンテンツが人気です。映像の美しさはもちろん、音楽の選定やテロップのフォントまで、アカウント全体でトーン&マナーを統一することが、ファンを獲得し「行ってみたい」という憧れを醸成する上で極めて重要になります。
実践!観光ショート動画 成功への5ステップ
理論を学んだら、次はいよいよ実践です。ここでは、成果を出すための具体的な5つのステップをご紹介します。
ステップ1:目的とKPIの明確化
まず、「何のためにやるのか」という目的を明確にしましょう。「若年層の認知度向上」「閑散期の平日客増加」「特定の体験プランの予約数UP」など、目的は具体的であるほど良いです。次に、その目的が達成できたかを測るための指標(KPI)を設定します。単なる再生回数だけでなく、「ウェブサイトへのクリック数」「予約数」「ハッシュタグ投稿数」といった、より具体的な行動に繋がる指標を重視しましょう。
ステップ2:シナリオ設計
視聴者の指を止めさせるのは最初の1〜2秒が勝負です。「〇〇な人、見て!」「この絶景、CGじゃないんです」といった強い「フック(惹きつけ)」で始めます。次に、視聴者の感情が動くようなストーリー(展開)を見せ、最後に「続きはプロフィールのリンクから」「〇〇で検索してね」といった具体的な「CTA(行動喚起)」で締めくくる。この「フック→展開→CTA」という構成が、短い動画で成果を出すための黄金律です。
ステップ3:撮影・編集の工夫
高価な機材は不要です。スマートフォンで十分です。大切なのは、完璧さよりも「リアル感」。自分がその場を歩いているかのような目線で撮影したり、地元の人々の自然な笑顔を切り取ったりすることで、視聴者の没入感は格段に高まります。編集では、カットを2〜3秒でテンポよく繋ぎ、視聴者を飽きさせない工夫を。テロップやBGMも、動画の世界観を決定づける重要な要素です。
ステップ4:配信と波及設計
動画は、ターゲットが見ている時間に投稿するのが鉄則です。一般的に平日の朝、昼休み、そして夜19時以降が狙い目ですが、自身のアカウントの分析データを確認するのが最も確実です。また、「#〇〇で最高の夏」のようなオリジナルのハッシュタグキャンペーンを実施したり、観光客が投稿してくれた素敵な動画を公式アカウントで紹介したりすることで、投稿を「点」で終わらせず、「面」に広げていく仕掛けを考えましょう。
ステップ5:分析と改善
運用は「やりっぱなし」にしないこと。投稿後は必ずデータを振り返り、次へと活かすPDCAサイクルを回します。「視聴者がどこで離脱しているか(視聴維持率)」「どの動画が保存されているか(保存率)」などを分析しましょう。保存されている動画は、視聴者が「また見たい」と思った価値あるコンテンツの証です。その成功要因を分析し、次の企画に活かすことで、運用の精度は着実に上がっていきます。
観光ショート動画の実例から学ぶ成功のヒント
国内でも、ショート動画を巧みに活用し、大きな成果を上げている事例が数多くあります。
■福岡市観光ショート動画事例
福岡市では、暮らしの中で身近にアートに触れる機会を増やし、アーティストの成長支援を目的とした18日間のイベント『FaN(=Fukuoka Art Next)Week』のPRとして、TikTokクリエイターと連携し「TikTok施策」を実施しました。TikTokクリエイターによる「アートって難しそうだけど、行ってみたら楽しかった!」というリアルな体験動画は300万回以上再生され、「TikTokで見た」という声が実際に来場動機として寄せられるなど、直接的な集客効果を上げました。
■鳥取県の観光ショート動画事例
鳥取県では、大阪・関西万博を契機とした誘客プログラムの一環として、連続ショートドラマ「鳥取に恋をした」を制作。甘酸っぱい恋愛をテーマに、鳥取の観光地と映像美を融合させ、爽やかな印象を与える作品に仕上げました。あからさまな観光案内は避け、物語への没入感を重視することで、視聴者の深い感情移入を促し、「物語のある場所」としての地域ブランド価値向上に貢献しています。さらに、ドラマに登場した観光地を紹介するショート動画も配信し、若い世代への効果的な観光誘致を進めています。
参考:https://db.pref.tottori.jp/pressrelease.nsf/webview/
■船橋市の観光ショート動画事例
地元クリエイターと連携し、市民目線で地域の魅力を発信する千葉県船橋市。この取り組みは、市外へのPRにとどまらず、市民の地元への誇り(シビックプライド)を醸成し、自発的な情報発信(UGC)の増加にもつながるという理想的な好循環を生み出しています。さらに、撮影支援の窓口となる「ふなばしロケーションズ“ふなロケ”」を設置し、市内でのロケ誘致を推進。ロケ地を観光資源として活かし、その他観光スポットと組み合わせたPRを行うことで、観光客誘致と地域経済の活性化を目指しています。
参考:https://www.jt-tsushin.jp/articles/case/platform-tiktok-20240411
観光ショート動画で避けて通るべき「よくある失敗」とその対策
最後に、多くの人が陥りがちな失敗とその対策を共有します。同じ轍を踏まないことが、成功への近道です。
一つ目は、「映像が綺麗すぎて他人事になる」失敗です。プロが撮ったような完璧すぎる映像は広告に見えやすく、かえって共感を生まないことがあります。対策は、スマートフォンでの手持ち撮影や、生活者目線を取り入れ、「リアル感」を演出することです。
二つ目は、「単なるイベント告知で終わる」失敗です。「〇月〇日、〇〇祭開催」という情報だけの動画は誰も見たいと思いません。祭りの準備に奮闘する人々の姿など、「物語」や「感情」に焦点を当てた構成を意識しましょう。
三つ目は、「投稿が続かず、放置してしまう」失敗です。一度の投稿で満足せず、無理のない範囲で定期的な投稿計画を立て、コメントへの返信などユーザーとの対話を大切にしましょう。継続こそがコミュニティを育てます。
四つ目は、「成果を再生回数だけで判断する」失敗です。再生数が伸びても目的が達成できなければ意味がありません。ウェブサイトへの流入数や保存数など、事前に設定したKPIに基づいて施策を評価する仕組みを作りましょう。
まとめ:観光ショート動画の「20秒の魔法」で地域の未来を創る
ショート動画は、もはや一過性の流行ではありません。それは、観光地が自らの物語を語り、世界中の人々と感情でつながるための、現代で最もパワフルなメディアであり、未来の旅への「入口」なのです。
AIによる動画生成や、ARグラスとの連携など、この先のテクノロジーの進化は、さらに観光PRの可能性を広げていくでしょう。しかし、その根幹にあるのは、今も昔も変わりません。地域の魅力を信じ、それを届けたいと願う人々の「情熱」です。
完璧な動画である必要はありません。まずは一本、20秒でいいのです。あなたの町の朝の空気、祭りの音、人々の笑顔。その、ありのままで尊い一瞬を切り取り、未来の旅人に届けることから、観光の新しい時代は始まります。
旅の起点を、あなたの手で。