時代の変革期に社長が果たすべき役割──バイアスを外し続ける覚悟
リーマンショック、東日本大震災、コロナ禍、生成AIの急速な普及など、日本のビジネス環境は幾度となく「前提が崩れる瞬間」を迎えてきました。こうした変革期において、企業の命運を分けるのは戦略や資本力ではなく、経営者自身がどれだけ自らの思考のバイアスを疑い、外し続けられるかです。本コラムでは、社長業としてなぜ“バイアスを外す力”が不可欠なのか、その具体的な意味と組織への波及のさせ方について、事例を交えながら幅広く解説します。
変革期において最も危険なのは「これまでうまくいっていた」という思考そのもの
時代の変革期において、社長が最初に疑うべきものは「自分たちの成功体験」です。過去にうまくいったやり方、評価された戦略、業界での常識──これらは平時においては意思決定を速める武器になります。しかし、前提条件が大きく変わる局面では、その武器が一転して足かせになります。
多くの経営者は、「これまでもこのやり方で乗り越えてきた」「うちの業界は特殊だから当てはまらない」と無意識のうちに思考を固定化しています。しかし、変革期において最もリスクが高いのは、情報不足や能力不足ではなく、「前提を疑わないこと」です。市場、顧客、働き方、テクノロジーの進化スピードは、もはや過去の延長線上にはありません。
社長業の本質は、正解を持ち続けることではなく、「正解が変わったことに誰よりも早く気づくこと」です。そのためには、過去の成功体験を一度脇に置き、「今の前提条件で考え直したらどうなるか?」とゼロベースで問い直す姿勢が欠かせません。変革期においては、経験が豊富であればあるほど、思考が硬直しやすい。だからこそ、社長自らが率先してバイアスを外す姿勢を示す必要があるのです。
社長の無意識のバイアスが、そのまま組織の限界を決めてしまう現実
組織は、社長の思考の“写し鏡”です。社長がどのような前提で物事を考えているかは、言葉にしなくとも、意思決定や判断の癖として組織全体に伝播します。「それは前例がない」「うちはそういう会社じゃない」「お客様はそれを求めていない」──こうした言葉が頻繁に出る組織ほど、成長の天井は低くなります。
たとえば、生成AIの登場によって、資料作成・情報収集・仮説構築といった業務の前提は大きく変わりました。それにもかかわらず、「資料は人が時間をかけて作るもの」「経験が浅いと戦略は考えられない」といった認識が残っている組織では、若手の成長も生産性も頭打ちになります。
一方で、社長自身が「この業務、本当に人がやる必要があるのか?」「そもそも、このやり方は今の時代に合理的なのか?」と問い続けている組織では、幹部や現場も自然と同じ視点を持つようになります。バイアスを外すとは、特別な才能ではなく、日常的な問いの積み重ねです。
社長業とは、答えを出す仕事ではありません。「問いの質」を上げ続ける仕事です。その問いの質が変わらなければ、どれだけ努力しても、組織は同じ場所を回り続けるだけになります。社長のバイアスは、組織の可能性そのものを規定してしまう。その自覚を持つことが、変革期における最初の一歩です。
バイアスを外せる社長がいる組織だけが、スピードと独自性を手に入れる
中小企業・ベンチャー企業にとって、最大の競争優位性は「スピード」と「柔軟性」です。大企業のように潤沢な資本や人員を持たないからこそ、意思決定の速さと方向転換の軽さが武器になります。しかし、その武器を封じてしまう最大の要因が、社長自身の思考の固定化です。
「今までこうだったから」「失敗したら怖いから」「周囲がやっていないから」──こうしたバイアスは、意思決定を遅らせ、挑戦を先送りにします。結果として、本来であれば取れたはずの市場機会を逃し、競争優位を自ら手放すことになります。
逆に、バイアスを外せる社長がいる組織では、「まずやってみる」「小さく試す」「ダメならすぐ変える」というサイクルが回ります。完璧な正解を探すのではなく、仮説と検証を高速で回す。その姿勢こそが、変革期における唯一の勝ち筋です。
重要なのは、社長が「変わること」を許可する存在であることです。過去の判断を否定することを恐れず、「前はこう考えていたが、今は違う」と言えるかどうか。その一言が、組織に挑戦の空気を生みます。独自性とは、突飛なアイデアから生まれるものではありません。前提を疑い続けた先に、結果として生まれるものなのです。
まとめ:バイアスを外し続ける社長だけが、変革期を成長期に変えられる
時代の変革期における社長業の本質は、「正しい判断をすること」ではありません。「判断の前提を疑い続けること」です。過去の成功体験、業界の常識、自社の文化──それらを否定する必要はありませんが、盲信することは最大のリスクになります。
バイアスを外すとは、経験を捨てることではなく、経験を一度フラットに置き直すことです。そして、「今の環境で考えたらどうなるか?」と問い直すこと。その姿勢が、組織に柔軟性とスピードをもたらします。
社長が変われば、組織は必ず変わります。社長が前提を疑えば、幹部も現場も問いを持ち始めます。その連鎖が生まれたとき、企業は市場環境に振り回される存在ではなく、変化を取り込み、成長に変える存在になります。
変革期は、危機であると同時に最大のチャンスです。そのチャンスを掴めるかどうかは、社長がどれだけ自らの思考の枠を壊せるかにかかっています。今こそ、「自分たちは本当にバイアスから自由か?」と問い直す。その一歩が、他に類を見ない存在感を持つ企業への分岐点となるのです。



